2005年02月14日

ZINGARO(ジンガロ)誕生まで  By IKUO三橋

1976年。パリの20区にアニー・フラッテリニが
パリ国立サーカス学校をフランスで始めて創立した。
2年目から私はマイム科の講師を3年間務めた。

生徒の中に、ニコラ・ゴナンという優秀な若者がいて、
彼はクラウンに憧れ、いつか自分達のサーカス団を創る事が
夢だった。
スタートは兄のブノワーとプチシルク(小さなサーカス)を
建ち上げた。
彼の持ち芸はネズミ達の芸であった。
ネズミが2メートルのハシゴを登り、彼の手の平にダイブする。
野ネズミもここまでやるかと観客に拍手で受け入れられた。

やがて彼等は、アクロバットのパイエットと路上で知り合い、
サーカス学校でクレモン(現バルタバス)とも出会い。
意気投合して、南仏に下り、ZINGAROの骨格を創り、
アビニヨンフェスで鮮烈なデビューを飾った。

その後、パイエットは芸人を休めてオペラ座の化粧師となり、
ニコラ&ブノワー・GONIN兄弟はヴォリエール・ド・ドロメスコ
という、ZINGAROとは異なる素敵なサーカス、ヌーヴォシルクの
原型を創り上げた。

ZINGAROを引き継いだバルタバスは約2年に一度、
馬達と人達と世界の土着的な音楽家を使った斬新な構成で、
フランスを代表するアーティストとなった。
これは必見!!入場料25,000円は安い。
Posted by ikuo_mitsuhashi at 19:10│Comments(0)TrackBack(0)

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